2011年10月16日日曜日

ゆきどまり















今日も今日とておうちに引きこもってぼやーーーっとしてました。
そろそろ気合い入れて楽器の練習に取りかからねばと思うのですが。
気持ちが完全に内向きで、気になるライブもあったんだけど、ライブハウスまで出かけて行って人と顔合わせること考えただけで億劫で。
昼寝してから読んだ絲山さん石田千さんの小説、すごかったな。なんてハードコアな女性文士たちなんだ。


ここしばらく、自分が手を伸ばせる範囲には、先に続くものがあまりないような気がしてて、それでもかろうじてつながってる細い糸にしがみつくことでいっぱいいっぱいになってたけど、今はいったん手を離して力を抜いて、自分の中に深く潜って、次に顔を上げたときに見える新しい何かに賭けたいような気分です。何のあても保証もないけど、多分何とかなるはず。そうやって今思えてること、気づかせてもらえたことが、うれしいです。

2011年10月11日火曜日

のんびり



















前回ブログ更新してから一ヶ月近く経ってしまいました。
一ヶ月以上ライブに出ないのはちょっと久しぶりのような気がします。

で、何をしてたかというと、最初の半月くらいは、割とよく人と会ってました。やっと暇になるはずだったのにおかしいな、でも友だちと会うのも時間ないとできないことだし、と思って出歩く日々でした。
それも一段落して、今月になってからは休日おうち引きこもり生活にどっぷり浸っています。荒れ放題だった部屋がようやく一昨日一通り片づいて、読書する気持ちの余裕も出てきました。当時は自覚なかったけど、夏頃は相当必死で頑張ってたんだな、そりゃ自転車でうっかり転んで怪我もするはずだ、としみじみ思う今日この頃です。

今さっき読み終えたのは、古川日出男の「馬たちよ、それでも光は無垢で」。古川さんの熱心な読者とはとても言えないわたしですが、新聞の書評をちらと読んで気になって。震災後のアウトプットとして信頼に足る作品だなと素直に思えました。今こういうの読みたかった。自分がこれまでに紡いできた物語と、震災後の現実とに、真っ向から対峙しているところがとてもよかった。
そもそも真摯な物語っていうのは、語る人語られる人どちらに対しても、開かれた回路であると思うんですよね。少なくとも自分に関してはそうだし、それは自分が特別な存在だってことでは決してなくて、誰しもそうなんだと思う。うまく説明できないけど(そしてもちろん自分オリジナルの思想なんかではなくて、いろんな方が書物などで仰ってることの受け売りのつぎはぎです)。

という感じでにわかに読書モード。読書の秋です。古川さん絲山さんの最近の作品で読めてなかったのを職場で何冊もまとめ借りしてきた。どれくらい読めるかな。こういう気分、久しぶり。

晴れた休みの日の午前中に、好きな音楽をかけて、時間にせかされずのんびり丁寧に洗濯物を干すのが昔から好きで、そういうとき最近はいつも「スワン」を繰り返し聴いてます。ほんとに日々いろんなものに支えられて生きてる。それは例えば、仕事や家族(猫含む)や友人や音楽仲間だったり、ごはんやおやつやお酒やコーヒー、住まいや着るもの、はたまたツイッターでの誰かの一言や大好きな一曲だったり、有象無象ありとあらゆる。とっても贅沢なことだと思います。そんな贅沢に溺れるだけじゃなくて、いろいろ見たり考えたりして、自分のすべきことやできることを精一杯やっていけたらよいです。

2011年9月14日水曜日

夜長にぼやく















先週は、たのしいことも大変なことも盛り沢山でした。
今週からしばらくスローダウンする予定。
今日は早番のあと久々に散歩して帰った。淋しい夕空と薄暮の景色にすっかりたそがれてぼやっと歩いてたら、満月がドヤ顔で林からのぼってきて、しばしぽかーんとしてしまった。

文にしたいこといろいろあったのに頭の中がごちゃごちゃで言葉がうまくまとまってくれない。
秋の夜長の考えごとはきりがない。酔ってないし。

自分なりのリアリティーに忠実に生きようとしてたらどんどん不思議な人生になってきたのは何でなんだろ。
自分にとって大切な人、自分のこと大切に思ってくれる人、身近な人であってもそうでなくても、いるからには、なるべくまっすぐいれたらいい、これからも。

おやすみなさい。

2011年9月4日日曜日

秋が来た

九月ですね。
台風も来てるし夏の終わり感が漂いまくってます。

先月はけっこうさんざんな目に遭いつつも(しかも自業自得)、必死に過ごしてたらいつのまにか終わってました。
季節の変わり目が苦手で、秋は特にダメなんだけど、今年に限っては秋が来てほっとしてます。今月はサポートのライブも一つしか決まってないし、一人の時間を大切に、心を落ち着けて過ごしたいです。
わが身を振り返ると、何年かに一度、たまにこういう秋が来るんですよね。やたらブログ更新したりなんかして。今年は半ば意図的にそういう秋にしていこうと思ってます。がんばろ。

2011年8月10日水曜日

rest in peace



















久しぶりにブログかきます。7月は一度も更新しなかったな。
ここんとこ写真撮ったりも全くしてないや。
なので去年の秋のミケさん。このほわほわ毛、夏はいつも大変そうです。
手帳見ると、ライブ見に行ったり出たり人と会ったり、けっこう活動的に過ごしてたようです。
がんばって生きてます、それなりに。

レイハラカミさんが亡くなられてしまった。
考えるたびに、未だに信じられない気もちと、やりきれなさが入り混じったような思いがします。

初めてハラカミさんの音を聴いたのは、UAの閃光か、くるりのばらの花remixのどちらかで、衝撃でした。どっちもアホみたいに繰り返し聴きました。なんだこの不思議で素敵な音?って。全く飽きなかった。まだ今のようにライブに頻繁に足を運ぶようになるまえで、もちろん演奏もしてなくて、JAPANに載るようなメジャーな音楽で気に入るのを探してはひっそり地道に聴き込んでいた頃です。洋楽にも詳しくなく、しかも当時はインストが一切聴けなかった。エレクトーンと吹奏楽やってた頃の後遺症?で歌詞のない音楽を聴くと旋律が頭の中でドレミファソラシドの言葉に変換されてしまう(しかも絶対音感ないから不正確に…)のがひたすら苦痛で。
閃光は、レンタル落ちでシングルを買ったのですが、歌あり歌なしバージョンのどちらも大好きで、多分それがわたしのインスト嫌いを克服するきっかけになった気がします。
 
その翌年くらいにキセルに出会ってどっぷりはまってあれこれライブに足を運ぶようになり、ハラカミさんのライブを初めて見たのもキセルとの2マンでした。海の家でのライブ。それがまたすごいよくて。お人柄も含めてますますファンになったものです。十代の頃にCDのボックスセットを買うくらい入れ込んでいた矢野さんとのユニット結成はすごく嬉しくて、yanokamiレコ発ワンマンは頑張ってチケット取って行きましたよ…。

わたしは愛国心とかほとんどない人間ですけど、テニスコーツが海外でも活躍してたりハラカミさんのマイスペのフレンド数がとんでもないのを見ると、同じ日本人であることがどこか誇らしく思えたものです。そして川越ランデヴーのおかげで川越市民でよかったと初めて心から思いました。



大好きです。ありがとう。