2017年3月22日水曜日

世界平和?












開け放した窓からベランダに素足を投げ出して日だまりで温まりながらパソコンに向かってます。職場そばの公園に三本だけ植わっている早咲きの桜が昨日見たらほころび始めてました。自分内の花見シーズン幕開けに、どこか浮足立ってそわそわした気分です。とうとう春来たか。

前回ブログの、できなくなることについて、書こうと思って書き忘れてたこと。
うちのクロさんは昔チーズが好物で、銀紙に包まってる安チーズをよくひとかけらずつちぎって二、三口食べさせてたので、あの銀紙を開く音がするとすぐさま飛んでくるのだけれど、最近は分けてあげてもあまり反応が芳しくなく、先月だったか、わたしが部屋でほんの小さなかけらをあげて飲み込んだ直後、お腹に入ってたものまでその場でげろげろ吐き出して、わあ!と思って手の平でかろうじて受け止めて、なんとも渋い気分になったことがありましたが、年を取るってこういうことかとしみじみ思いました。音には未だに反応するのがまた切ないです。記憶。

今月はオンとオフが極端に分かれてしまって、昨日、仕事とお店手伝いとで六日続けて出ずっぱりだった最終日に、早番のあとひきがたったら体がくたびれすぎててアウトオブコントロール状態になってしまった。行けるかな~と思ったんだけど、ムリでした。聴いて下さった方、すみません、ありがとうございました。春辺、桜、三月、雨音、ウララ(カバー)、真夜中に僕ら、日本の人(カバー)を演奏しました。けど久しぶりにおんがくのじかんでソロで演奏したかったし、菊池さんにご挨拶もしたかったので、目的の七割くらい果たせたと言えないこともないか。今年に入ってから演奏の出来不出来の差が激しい気がするけど、多分、上限が上がってきてるからアップダウンの幅が余計に大きくなっている面がなくもないような。上はもちろん、下も上げて行こう。がんばって行こう。

一昨日お店手伝い中に、お友達でもあるお客さんが、世界平和を目指してるんだよね~というようなことをはにかみつつ言ったらば、オレもオレも!と店主さんが同意してて、みんなすごいなあ、あんまりそういうグローバルな目線って自分の中にない気がする、とわたしが言ったら、ヨーコさんはパンクだからなと店主さんに言われましたが、昨日の演奏を経て、これから自分が目指したいのも実は似たような感じのことなのかも、という気がしてきました。自己表現とかじゃなくって。その場を演奏する前よりほんのわずかでも気分よいものにしたいというか。うまく言えないけど、言葉で上手に説明しようとするより、演奏でちょっとずつ形にして行けたらなと思います。

曲が先にできて歌詞が六割くらいできた作りかけの曲があって、かなり難航しているのですが、こないだサガイくんとスタジオ練のとき試しにちょっとやってみたらティーンエージファンクラブとかヨラみたいですねと言われて、しかし今わたしの中では何故だかパフュームのマカロニみたいなイメージも浮上してきていて、果たして自分が歌って大丈夫な曲に仕上がるのか不安です。がんばります。

2017年3月18日土曜日

買い替え


物持ちは良い方みたいで、二十年くらい前に買ったセーターを普通に着てたり、今使ってる携帯電話は4台目で一度買うと五年は使ってる気がするし、きれいに使ってるねとたまに褒められます。一人暮らしをしてた学生の頃に多分ドラッグストアとかで普通に買ったシリコン製のブラシをずーっと使い続けてたんだけど、この半年くらい、ちょっとずつ歯が欠けてきていて、ん~微妙、けど使えないこともないし、と、長年愛用してきたからそう簡単に捨てる気になれず、ぽろりぽろりと欠けるにまかせていましたが、この度、無印良品週間に意を決して新しいブラシを買ってきたらば、一回り大きくて柄が木製のブラシの使い心地のよさに驚きました。そして、仮にもしこの新しいブラシを古いブラシと同じくらい使い続けるとしたら…と思いを馳せて茫然としました。自分は元気だとしても、確実に猫らはこの世からいなくなってるし。先日、父に買ってくれと頼まれた本をネットで入手して施設に持っていったら、食事のテーブルで父の斜め向かいの女性が著者の方で、サインしてもらいました。ご本人も周りの方もとても喜んで下さって、よかったです。フランス語の通訳をなさっていたそうで、すごいですね~と言ったら、もう忘れちゃったわ、と上品に笑っておられました。美しい白髪で、身ぎれいにしてらして、なんというか、非常にニュートラルな印象でした。今できて当たり前のことができなくなる日はやってくるんだから、やれることやりたいことを精一杯やるしかないし、それはとても恵まれていることだな、と改めて。

来週の21日火曜日、三鷹おんがくのじかんの「かようび vol.17」でソロひきがたる予定です。仕事のあとにふらりとふわんと唄いに行きます。よかったら是非あそびにいらして下さいね。お気軽に。

2017年3月13日月曜日

「三月」のこと



わたくしmiyamoと、ギターのサガイユウヤくんと、マリンバの寺内健輔さんの三人でやっている音色というバンドの「三月」という曲が、三鷹おんがくのじかんのレーベルTOWNTONEから発売になりました。是非ご一聴下さい!

話の発端は、今年の1月に鈴木伸明さんの企画でおんがくのじかんに呼んで頂いて、サガイくんと二人編成の音色で「三月」を演奏したのですが、ライブのあとに菊池さんと話していて、「三月」をうちでレコーディングして3月11日にリリースするのはどう?とお誘い頂いたことでした。一年半くらい前、やはりサガイくんと二人編成で演奏した「三月」の動画をアップロードして頂いたこともあるし、「三月」を菊池さんはとても気に入って下さっていて、作者冥利に尽きます。すぐさま寺さんに連絡を取って、是非お願いしようということになったのですが、メンバー三人の2月の予定が出揃ったのが2月頭で、菊池さんも含めてみんなの都合が良くてなおかつおんがくのじかんをレコーディングで使える日が果たしてあるのかどうか、正直、気が気じゃなかったです。都合がつかなければ今回の話自体が流れてしまうだろうし、バンドと菊池さんとの連絡係としてはなかなかに気を揉む日々でした(こういうときに必要以上に気負ってしまうのがわたしのよくないところです)。なんとか無事にレコーディング日が決定したのちに、事前に3人で練習に入る日も決まったんですよ!と菊池さんへのメールにふと書き添えたらば、ありがたいことに、ちょうどその日おんがくのじかんの予定がキャンセルになったからうちでやる?と言って頂いて、結果としてプリプロ的な作業もできたし、話が上手く進むときってこういうものだなあという感じでした。

レコーディングは初めてではなかったけど、これまで自分はベーシックが出来上がった状態での重ね録りを担当することがほとんどで、しかも曲の一部分だけ集中すればよいことが多くて、今回はまずウクレレとボーカルを録ってからギターとマリンバを重ねることになっていたので、逆に言えば、もしわたしでつまづいたらそこから先に進めないかもというプレッシャーがありました。長くないフレーズでも「はまる」と怖いのがレコーディング。一曲通してそれなりの形に残せるのか。これまでの経験から、少しでもよい状態に自分を持っていけるようにと、当日まずはそのことで必死でした。そもそも歌やウクレレが上手くて仕方ないからバンドをやっているわけではないので(むしろその真逆)。ちょっとでもやりやすいようにと菊池さんがさりげなく工夫して下さるのがありがたかったです。歌はもちろん、ウクレレもっと練習せねばならんと痛感しました。

めでたくウクレレボーカルを録り終えてギターの録音に入る前に、菊池さんの指示で四人なかよくエフェクターのプラグを磨きました。音が全然違ってきたりするらしい。機材マニアの寺さんと菊池さん、話がはずんでました。
普段はループを使って演奏しているところを今回は使わずに、ギターを叩いてリズムを刻むパート、普通にギターを演奏するパート、終盤でふわっとした空間系の音を出すパート、の三工程に分解しての録音となったサガイくん、途中はまってかなり辛そうなときもあったけど、がんばってくれました。リズム感もよいし、センスあるし、サガイくんの潜在能力は相当高い。


そして真打ち登場!という感じでマリンバ寺さん、この日は午後1時集合で、マリンバのマイクセッティング時の写真の時計は7時過ぎてますね。「俺来るのもっと遅くてよかったんじゃない?」と笑ってましたが、演奏はびしっと決めてくれました。特にアウトロのマリンバは気もちのこもった名演だと思うので注目(注耳)です。正直、録音を進めていく段階で、わたしのウクレレのアルペジオのリズムのよれだったり、気になる箇所もいくつかあったのですが、マリンバが全体をきっちりまとめて上げてくれました。みんなの頼れる寺さん。

最後、菊池さんの提案で曲のエンディングをコーラスで締めようということになり、急きょその場でフレーズをひねり出して、あれこれディスカッションしながら録りました。もっと元気だったら録り直したかったけど、体力も時間的にも限界だったのでこれでしょうがないや…という歌声ですが、レコーディングならではの素敵な仕上がりになったと思います。

必要あるかどうかはさておき、今回のレコーディングをかつ丼にたとえると、わたしの歌とウクレレがご飯と出汁、玉ねぎとカツなどの具はサガイくん、寺さんの有精卵が全体をふわっと美味しくまとめ上げて、器と盛り付けと仕上げにグリンピースを散らしてくれたのが菊池さん、という感じだなと何故だか思いつきました。このあいだ久しぶりに読んだ東海林センセイの丸かじりシリーズに感化された発想かもしれません。それくらい、とても楽しく有意義なレコーディングだったんです。

ミックスは菊池さんがデータを送ってくれてメールで意見交換するという形で進めましたが、これがまたなかなかに大変でした。四人がその場にいれば簡単な話も何段階かに分けなければならず、迫り来るタイムリミット。けど一番大事なのは関わった全員ができるだけ満足できる作品にすることだと思ったし、そこはどうしても妥協したくなかったので、連絡係はまたまた気張って頑張りました。菊池さんが丁寧に意見を汲んで真摯にミックスに取り組んで下さったおかげで、本当に素敵な音源となりました。

ジャケットには、2010年にZombieForeverの二枚組コンピにソロ宅録曲で参加したとき、曲を気に入ってブログを見て連絡をくれたことがきっかけで知り合った、丸山咲さん(twitterは@qca_qcaブログの写真を使わせて頂きました。丸山さんの写真いい感じだな、いつかソロ作とかジャケに使わせてほしいなと漠然と思っていて、菊池さんにジャケ写何か考えておいて、と言われたとき真っ先に思い浮かびました。わたしは三月はこの写真のイメージかなあと思ってましたが、菊池さんが希望も込めてこれにしましょう!と言ってくれて、なるほど!と納得したのでした。丸山さんどうもありがとう!!!teraworksこと頼れる寺さんが美しく繊細にデザインして下さいました。

この曲自体は2011年の6月に作りました。震災の曲を一つ作ってみるか、というようなスケベ根性が全くのゼロであったとは言えないかもしれないけど、単純に、被災していない自分にとっても、震災は身を揺るがされるような大きな出来事であったので、感じたこと考えたことをできるだけ盛らずに等身大に曲にしたかったのです。整理がついて終わった話ではなく、現在進行形だったので、形としてまとめるのにだいぶ難産だった憶えがあります。曲中盤~終盤は、震災前からもやもや悩んでたことがそのまま出ちゃってるし、自分の他の曲と同じ、単なる個人的な想いを歌ってます。ある意味では無責任な曲かもしれません。けど震災から六年経った今、2017年に、広い意味で受け止めてもらえたり、聴いた方の想いを投影したり、それぞれ自分の身に改めて立ち返るような曲にもしなれたなら、光栄です。

そして、この曲を震災の曲として形に残したいとご尽力して下さった、山形ご出身の菊池さんの熱意があってこその、今回のリリースとなりました。本当に、感謝しかありません。今回やってみて、世の中にマネージャーという職業が存在する意味を痛感したし、普段あたり前のように聴いている音楽やミュージシャンのすごさを改めて感じたり、曲を作って演奏する以外の過程がいかに重要かよくわかったし、へなちょこ兼業アマチュアミュージシャンとしてはとても勉強になりました。このブログに埋め込んだsoundcloudで一曲丸ごとフル試聴できますが、曲単体のURLに飛んで頂くと、iTunesとamazonから購入もできますし、歌詞もご覧頂けます。もし気に入ってくれたら、余裕のある方はポチってもらえると大変うれしいです。何卒何卒。

歌詞は英訳もつけました。以前soundcloudで海外の方から反応があった曲には、タイトルなどを英訳してたことも功を奏したのかな、という思いがあったので。ネットにはとりあえず種を蒔いておくと時として思わぬ花が咲くこともありますし。リアル辞書とオンライン辞書を引き引き翻訳した拙く堅苦しい英文を、キスミワコちゃんに全面的に手を加えてもらって、滑らかな英語に直してもらいました。ありがとうキスミー!!!言いたかったことを違う角度から見つめ直して、改めて、こんな内容の曲だったのかと驚いたし、ミワコちゃんにもそう言われました。ちょっと見比べてみると面白いかもしれません。

長くなりましたが、「三月」、そして音色を今後ともどうぞ宜しくお願いします。


2017年3月9日木曜日

夜中につぶやく


渋谷にライブ見に行くとき、帰りは特に、人混みを避けて原宿やその先まで歩くことが多いのですが、ライブで高揚した余韻にぼんやり浸りつつ缶酒を手に歩いて、原宿駅そばの歩道橋の上から眺める夜景がけっこう好きだったりします。東京タワーが見えるんだよ。

月曜日、たまたま予定がなくなったおかげで大好きなミュージシャンの居酒屋ライブを見に行くことができて、久しぶりにお気に入りの居酒屋(別の)にも行けたし、ライブ後は友だちのうちに泊めてもらって、まー当然の流れとして飲みすぎて、翌朝お財布を見て残りのお金の少なさに首を傾げる羽目になってしまったわけですが、なんというか、まるで高円寺の音楽の神様が微笑んでくれたかのようなひとときでした。
めんどくさい自分のままめんどくさい人を好きでいていいんだ、と思った。勝手に。

来週14日火曜日は武蔵境STATTOでソロひきがたります。今年初スタットです。ホワイトデー企画ということなのでラブソングと春の曲を歌うつもりです。がんばります。気が向いたらふらりと遊びにいらして下さい!よろしくお願いします。

おやすみなさい。


2017年2月27日月曜日

ある日曜日

ここ最近、ちょっと気張っていた疲れが出てしまって、布団と仲よくしてました。昨日の日曜日は、横になって食べ物エッセイ二冊を交互に読んでは寝床でごろごろしてたら(長電話に付き合ってくれた友達ありがとう!)子供の頃の日曜日の夕方をぼんやり思い出しました。日曜日、午前中は母に連れられてキリスト教の日曜学校に行って、午後は父親と図書館に行くことが多かったように記憶してます。両親とも一石二鳥の選択だったんだろうな。夕方帰宅して、薄暗い部屋の片隅で借りてきた五冊を傍らに積み上げて片っ端から乱読して活字の世界に没入してた時間の感覚が蘇ってきて。決して丁寧な読み方はしておらず、雑な読書の癖がついてしまった感はあるけれど、その後の自分を形作る原体験になっている気がします。テレビは一日三十分しか見せてもらえなかったけど、本はいくら読んでも文句言われることはなかったし。図書館を職場とするようになって、「みんなよくこんなに図書館に来るよね~」という同僚の方の言葉に、そうか日常的に図書館に通う人はむしろ世の中の少数派であるのか…と改めて気づかされました。
ただし、文章を頭の中で映像化することがそんなになくて、話の流れと、字面や語感や、感触的なイメージを断片としてぱっぱっと受け取ることが多いような感じです。情報処理能力は速いけれど想像力には欠けている。著者の語りを聞いている感覚はあるな。だから子供の頃は逆に、完全に虚構の世界を舞台とするようなファンタジーはむしろ苦手でした。日常感覚の延長で共感できるか否かが大事だった。話を真に受けて感情移入しすぎてしまうのでスリルやサスペンスは苦手だし、ホラーやミステリーも厳しい。典型的なエッセイ好きの日本人的な面はあります。
小学四年生の頃だったか、学校のクラス一丸となって百人一首に取り組んでたときがあって、おかげで今でも結構ちゃんと覚えていて、先日ツイッタ経由で見たこのページ、個人的にはすごくツボでした。「属性」の、男、女、坊主ってくくりがまた最高です。学研の学習漫画を買ってもらって読み込んでいたので、当時から歌の意味はまあそれなりに理解していたけど、改めて見返してみて今ひっかかるのは意味よりむしろ発語的に気もちよいところだったりもして。「よわりもぞする」「さしもしらじな」とかね。三十一文字の中でのリズム感。あとメロドラマチックだったり、枯れてたり、歌によってテイストの違いも味わい深い。
散漫にあれこれ書き散らしましたが、何が言いたいかというと、そういう人間なので、音楽を聴くときに歌詞の言葉をどうしたって気にせずにいられないし、曲を作って歌うようにもなって、自分にとっての言葉や歌は一体どういったものであるのか、などなど、しょっちゅう立ち止まって自分自身に問いかけながら、ちょっとでもよりよいものに近づけたらいいし、そのプロセスこそが醍醐味であるのかもしれないなーと思ったりする今日この頃です。
蛇足ですが、昨夜、布団でクロさんを傍らにはべらせて食べ物エッセイ二冊をまったり読みながら、ふとiPodでアートスクールを聴いてみたらば、中年女性としてのダメ感がそれはもう実に半端なくて我ながら笑えるほどでした。ダメなりにがんばって生きる。ロックンロール。