2015年12月12日土曜日

意味と不思議

先週の、おんがくのじかん36限目、ありがとうございました。

















佐立勉さん、影山朋子と原っぱさん、コハクさんの演奏、お三方とも素敵で、写真のような心地よい気もちになりました。おかげで、音色のときはこれまでのライブで一番リラックスした状態で演奏できた気がします。「光」という新曲を、ちょっと無理やりでしたが(どうしても新曲やりたくて午前中からスタジオ練習に入ってどうにか形にしました)三人で演奏できてうれしかったです。曲を作るのは自分にとって基本的に内向きな行為なので、今回初めて人と一緒に作ることができて、何度も演奏した友人の曲や周りの友人たちに影響を受けた内容の歌詞となり、しかもバンドで演奏することができて(寺さんもサガイくんも曲を気に入ってくれたし)、改めて考えると、こんなことがあるなんて人生捨てたもんじゃないです。ライブ終わってからビール飲んでしゃべってたとき(自分が最も社交的になる場面)、菊池さんが「音色はウクレレでハードコアをやろうとしてると思ってる」というようなことをぽろっと言って下さって、ああ、伝わってる…なんてありがたい…と胸を打たれました。 多謝。


この曲が好きになりすぎて、動画で繰り返し聴いたのち、勢いでカバーまでしてみて、それからCDを購入して改めて聴いたら、コードをけっこう勘違いしてたことに気づいて一人恥じ入りました。ノートパソコンで直接再生すると低音をちゃんと聴けてないんだな、そしてベースが聴けてないと曲は変わってくるんだなと改めて実感。今度コードを修正したバージョンでライブで演奏してみたい気がしてます。
情念や母性的なやさしさの混じり加減、言葉の選び方、歌声が好きです。
アルバムの35℃という曲の「長い信号待ち」っていう言葉の使い方とか、絶妙な気がします。「息もできないほど きみのことを好きだった」ていうフレーズ、いやそんなわけないしって最初は思ったけど、聴いてるうち、その感じ何かわかる…という気になってきて。歌詞は、何も正確な事実であろうとしなくても、伝わることが大事なんだなと改めて思いました。苦手な曲もけっこうあるし、ピンク色で猫ジャケか、今メジャーの土俵で勝負しようとするって本当に大変そうだなとか思ったりするけど、なんか、十代終わり頃~二十代前半の気分を思い出して、そして久しぶりに女の人の歌詞にえらく共感しました。こんなてらいのない率直なラブソング作ってみたいものです。

先週、数年ぶりにテニスコーツのライブを観に行って非常~に感じ入って、チャージ無料のライブだったので、何だか申し訳なくって物販でCD二枚買って帰りました。そのうちの一枚、物販の方にお薦めを聞いて買ったビルウェルズさんのカバーアルバムが素晴らしかったです。床の拭き掃除しなから聴いてたら、拭き掃除が心から楽しくなりました。昔、女の人で不思議ちゃん系の歌詞が理解できなくてそんなに好きじゃなかったんだけど、それを覆してくれたのがテニスコーツでした。「マイカー炎上」「ボールになりたい」とか、は?って感じだけど、歌う人が自分の言葉心から歌えば、表面的な意味はそんなに重要じゃないんだなとしみじみ納得しました。新しいアルバムだと「四弦がない」や「フロに入らず三週間」とか、もし仮にカバーしてみてって誰かに頼まれたとしても、いやいや無理です!っていう。そんな奇才・さやさんの自由さには心から憧れます。ビルウェルズさんのカバーアルバムは、歌詞はほとんどなくて、とても伸びやかな音楽。最近自分が演奏するとき、歌詞がなくて旋律だけ歌うところの方が逆に音の中で自由に心を遊ばせることができてるような気がして、けど歌詞作ったり、歌詞の世界を追うのはやっぱりすごく好きだし、歌う世界の課題はまだまだ山積みです。凡才なりに、どこまで行けるかしら。
 

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