2012年1月23日月曜日

十年















2012年になりましたね。いかがお過ごしでしょうか。今年はどんな年になるのかな。

わたしは、年明けと同時に落ち込みのプールにうっかり足を滑らせてどぼーんと飛び込んだような感じで、うだつの上がらない日々を送りつつも、人と会って飲んだりはよくしていて、本もよく読んでて、演奏はあまりしてなくて、けどじりじりと日々をやり過ごすうちにだんだんと気もちの整理がついてきて、調子も徐々に上向きになってきてるような感じです。言葉にしたいことは頭の中にいくつもあるので、音楽のこととはあまり関係ないかもだけど、今週はちょっとずつブログ更新していこうかなと思ってますが、どうだろ。

よしもとばななさんのweb日記が去年の年末分で更新が終わりになりました。2001年から2011年までの約十年間、ネットに接続したときは欠かさずチェックしてきたので、寂しくなります。

ばなな日記読みたさにそれまで敬遠していたインターネットをおっかなびっくり使いはじめ、質問コーナーにメール送ってたまに採用される度に極端に一喜一憂してる自分に気づき、だったら自分でサイトとかやってみようかな、とweb日記を始めたのが2002年の1月のことでした。ちょうど十年前になります。ブログなんて言葉はまだ見当たらなかった頃です。好きな曲についての個人的な想いを言葉にすることからはじめて、ライブ観に行く回数がどんどん増えて、詩のようなものをこっそり書くようになって、ひょんなことからサポートでライブに出るようになり、宅録、曲作り、ひきがたり…こんな流れ十年前は予想すらしてなかった。いろんなことがあったなあ。

先週、大好きなミュージシャンのワンマンライブを友だちと観に行きました。ものすごく好きな曲が一曲目でめちゃめちゃ嬉しかったけど、アレンジが昔とはだいぶ違っていて、何と言ってもベースラインが違うことでコードの感じが違う!それどーなん!と複雑な思いがして、逆に十年前にあれだけ気持ちにぴったり寄り添ってくれる音楽に出会えたことが奇跡的だったのかもしれないな、自分も向こうも変化して当然だし、などと内心あれこれ考えてしまいました。しかし飲みながら観ていて酔いが回ってきたせいか、演奏する側の調子が出てきたのか、途中から本当に素晴らしいライブで、魂を抜かれる思いでした。長年ライブ見てきて、親しい友だちと一緒だと特に、酔っぱらってしたり顔で好き放題コソコソ言いながら観てたりもするので、タチの悪いファンだよな~と自分ですら思うことありますが(汗)これからも見に行こう、と改めて思わされる良いライブでした。

その帰り道、上がりきったテンションと胸中の感慨と酔いが相まって思わず、「音楽家なんてろくなもんじゃないですね」とツイッターでつぶやいたら、予想外の反響があったり、ミワコちゃんが「こらモッティ!一般化よくない!」ってお叱りのメールくれたりで、そうか…と思って翌朝に消したんですけど。予想外の反響というのは、ライブ友だちが「音楽家がろくなもんじゃないなら、その音楽家を好きなだけの自分はもっとろくなもんじゃない」てなことをつぶやいてて。いやいやいや、わたしが言いたかったのはそういうことじゃ全くなくて!っていう。言葉が足りな過ぎました。

音楽家、アーティストのみならず、人間全般がそもそもろくなものじゃないとしても、作品一つで作り手の負の面すら許せてしまう、むしろ負の面があるからこそ深みが生まれて作品の輝きが増す、そういうのって全くかなわないし、ずるいよなあ、みたいなことが言いたかったんです。それだけの作品を生み出すのは並大抵のことじゃないことはもちろん承知の上です。まあ、品行方正で立派な人の作品に興味あるかっていうと、そうじゃないし。たまにこっそり憎まれ口を叩いたりしつつもライブに足を運ぶことが、一つの答えのようなものですよね。

自分の気もちをごまかさずに好きなものを追いかけることで思いもよらない場所にたどり着くことだってあるし、それが大した達成でもなく大層な人間にはなれないとしても、その過程こそが生きてる甲斐だったりするんじゃないかと。それを無駄なこととは思いたくないです。今年になってから顔を合わせた友人知人もみんなそのような過程で知り合えた気分のよい人ばかりだし。そんな感じでこれからも自分になるべく嘘をつかずにやって行けたらいいなと思います。そして自分の気もちはできるだけ素直に表すよう心がけたい、というわけで個人的に今たのしみなのはスピッツの「初恋に捧ぐ」のカバーを聴くことですよ。

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